431道 「生き様」が生み出す価値こそがプロフェッショナルとしての生き方である

先日京都に行った時、
あまりにも紅葉が綺麗で、

自分自身もカメラが欲しくなりました。

携帯のカメラではなく、
ちゃんとした一眼レフといった
カメラが無性に欲しくなりました。

けど、よくよく考えたら、
なぜ自分はカメラが欲しいのでしょうか?

セルフコーチングにて

そこでコーチらしく

「セルフコーチング」

でちょっと自分を深堀してみました。

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一眼レフカメラを所有したいという物欲ではなく

一眼レフカメラって、
とても重く、持ち運びには不便ですよね。

だから記録をとるだけならば
あまり必要ないと思うのです。

だからカメラ自体が欲しいのではなく、
そのカメラを使って撮影した写真に
何らかの価値を感じているのだと思うのです。

奇跡の一枚

よく雑誌やテレビで奇跡の一枚みたいな
写真が紹介されていると思います。

あのような美しい一枚を
撮影したいという気持ちはあります。

大体の風景って、

写真で見るよりも、
実際にその場でみるほうが

臨場感もあるし、
空気感を味わえるし、
行くまでの苦労が報われる感覚、

そういうものがあると思います。

ただ奇跡の一枚って、
肉眼で見るより綺麗だったり
印象に残ることがあると思うのです。

人の記憶に強烈に残る、
そんな圧倒的存在感を残すことができるのが
写真だと思うのです。

それがプロフェッショナルな写真
だと思うのです。

プロフェッショナルとしての価値提供

ただ、奇跡の一枚なんていうものは
本当はなくて、

すべてはそのカメラマンが
その1枚をとるために

すごい時間と労力をかけている
ということがわかったのです。

特に人気な場所ほど人がたくさんいて、
人が移りこまない風景だけの写真を撮るのって
実はとても大変なことなのです。

人が通り過ぎるのを待ち、
他に写真撮影する人がいなくなるのを待ち、
光の加減を考慮しながらと、
とても時間がかかるのです。

私が、散歩がてらの京都の紅葉をとる時に
そう思ったくらいですから、

本気で写真に取り組んでいる人からすると、
人が移りこまない写真を撮るっていうことが
どれだけ難しいことか。。

たった1枚の写真を撮るためだけに
どれだけの時間と労力をかけているのでしょうか。

だからこそ、
その一枚の写真には

「写真にこめる願いや想い」
「プロとしてのこだわり」
「カメラマンとしての軌跡」

すべてが凝縮されているのです。

その人が生きてきた

「生き様」

といったすべてが込められているのです。

自分が生きてきたすべてを出しきり
生き様としての価値を創り出す

そんな価値を提供したい。

私自身も、そのような価値を世の人に
提供していきたい。

そんな想いがあるのです。

それが

「自分の人生を歩む」

ということであり、

「道を極める」

ということでもあると思うのです。

誰にでもある自分の心の奥底の感情

普段はクライエントの皆様に、
こうした自分の感情の奥にあるニーズを
引き出すお手伝いをしているのですが、

本日は、それをセルフコーチングという形で
自分自身に行ってみました。

一眼レフカメラが欲しいという
どこにでもありそうな欲求は、

実は自分自身が感じる「価値」に
紐づいていたという発見でした。

これは、私だけでなく、
誰にでもあるものなのです。

普段は気づかず、
一人では知りえないものなのです。

それを引き出すお手伝いをしているのが、
コーチングやキャリアコンサルティングという手法で
多くの人に関わっている私だったりするのです。

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