100%の努力だけが努力として認められる
「できるだけの努力をしました!」
このように言う人もいると思うのですが、
果たしてどのような意味なのでしょうか?
「努力」
という言葉は一般的にもよく使われますが、
努力という言葉の解釈が
人によって様々なような気がします。
というのも、
「努力には程度がある」
と思っていないでしょうか?
『今回は80%も努力した』
『今回は50%しか努力しなかった』
といったように
自分の中で努力の割合を決めているのです。
果たしてその解釈は通用するのでしょうか?
全力の本気だから得られるものがある
本当の意味の努力とは、
「100%のものしかない」
と思うのです。
100%で行うからこそ
そこから何かが生まれ、何かを吸収できるのです。
たとえ想定の成果が出なくとも
その努力の結果として得られるものが
生まれるのです。
この100%とは、
自分が注力できる100%でいいのです。
他の人からみれば全然100%では
なくとも、
自分自身が胸をはって
100%だと言いきれれば
まずはそれでいいのです。
なぜなら、努力とは人のためにするものではなく
自分のためにするものだからです。
自分の向上のための努力が
結果として周りに好影響を及ぼす
という流れが
健全な努力の順番だと思うのです。
それを全力ではなく
力半分で取り組んでいたとしたら
そこからは何も
生まれないのです。
だから自分自身が納得できるだけの
努力を尽くすことこそが
本当の意味での
「努力」
だと思うのです。
あなたは努力していますか?