457道 美の追求という生き方

人生を生きる上で、

「夢や目標を持つべきだ」

という考え方があります。

夢や目標があるから毎日が充実する

実際、夢や目標はあったほうがいいと
思います。

なぜなら、目標なしには、
どこへ向かったらよいのかわからにからです。

いくらすべてを完璧にこなせる人でも、
どの方向に進めばいいのかわからなければ

「局自分は何をしているのだろう?」

と迷ってしまうと思うのです。

「長い人生をどのように過ごすのか?」

それを知りたいと思うのです。

その答えを知っているか否かでは
人生の過ごし方が違うと思うのです。

だからこそ夢や目標は持つべきなのです。

そのほうがより充実した人生を過ごせるし、
日々の生活にスピード感が出るのです。

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美を求めるという充実感

とはいえ、それがすべてではないとも
思います。

というのも、昨日セッションをした
とあるクライエントさんとの話でそう思ったのです。

彼女の人生におけるキーワードは、

「美」

というものでした。

美術や芸術が好きというのもありますが、
すべてを整えていたいという意味です。

秩序ともいえます。

なので、仕事においても
しっかりとまとめて進めたいし、
やりっぱなしというのも好みません。

物事も簡潔に済ませたいし、
ごちゃごちゃするのも嫌なのです。

自分の周りは整理整頓していたいのです。

そんな彼女には、今時点では
大きな夢や目標はありません。

これは、まだ見つかっていないだけかも
しれません。

ただ、彼女自身そんなに強く求めていない
というのもあります。

というのも、日々周りが整っていて
秩序が守られていれば、
それで「幸せ」だからです。

夢や目標に向かって情熱で毎日が燃えている
という生活を望むのではなく、

たとえ毎日が単調で物静かであっても
それが整っている生活ならば
何の問題もないのです。

毎日の生活が整っていて、
あるべき「美」の状態であるならば

それでいいのです。

そんな

「静かな幸せ」

を求めている人もいるのです。

十人十色の考え方があり、
十人十色の生き方がある

情熱に満ちている人がすべてではないと
思いますが、

少なからず多くの人が情熱に満ちた
生き方をしたいと思っているだろう

と私は考えていました。

けどそれは私自身が

「そうでありたい」

という思いであって、

すべての人がそうではないんだ
ということを改めて考えさせられました。

普通に考えたら、これだけ大勢の人間がいれば
さまざまな考え方をする人がいるのも当然ですが、

自分の思考と行動が、

「多くの人が夢や目標をもって
毎日が充実感に満ち、
元気に過ごしてほしい」

という方向で進んでいるので、
その志向に染まってしまっていました。

もちろんそれはいいことです。

全然後悔はしていません。

ただ、

「多様性」と「柔軟性」

が求められる対人支援業において、
自分の価値観だけを基準に支援を行うのは
よろしくないということなのです。

自分の考えは大切ですが、
バランスは維持しなければならないのです。

そんな気づきを得たのです。

受容と共感による支援

と同時に、
人の幸せは本人次第なので、

「情熱に満ちた躍動感ある毎日」

だけが幸せなのではなく、

「静かで整った毎日にも美がある」

ということを受け入れ
本当にクライエントが望む生き方を
共に見つけていくお手伝いをしたいと思うのです。

そんな私のキャリア支援の想いを再確認したのです。

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