772道 難しいコミュニケ―ションだからこそ、コミュニケーションを図るべきである

難しいコミュニケ―ションだからこそ、コミュニケーションを図るべきである

先日、職場に新しいアルバイトスタッフが
入りました。

私とその子は別の事業部なので
仕事上の関わりはほとんどありません。

でも、席が近いということがあって
ちょっと打ち解けようといろいろ質問を
していました。

「どうしてこの会社を選んだの?」

「どうしてこの職種を希望したの?」

「週何回くらいくるの?」

「他には何しているの?」

などなどです。

するとその子の先輩が

「なんか面接みたいだね」

と言い、
周りの人も

「そんなに深く突っ込んで聞くなよ~」

みたいな感じに
なったのです。

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人柄を知るための質問って何?

個人的には
まったく知らない初対面の人と
仲良くなるには、

ある程度数多くの質問をし
深く質問しなければ、

その人柄がわからない
と思っています。

なので、
表面的な質問、

年齢、住まい、前職、などなど
本人とは関係のない情報では

その人柄ってわからない
と思うのです。

ただそれは私のコミュニケーションの
スタイルであって、

他の人からすると

「深く突っ込むような話は
初日からするものではない」

「もっと時間を共有した後に
じっくり聞くものだ」

というように考える人もいるのです。

だから

「まるで面接みたいだね」

と言われた時に

私自身はまったくそんなつもりがなかったのに
そんな風に捉える人もいるんだ、

とハッとさせられたのです。

コミュニケーションに何を求めるのか?

私はコミュニケーションによってしか
人と人は深く分かり合えないと思っています。

どんなに背中で語っても、
どんなに非言語で伝えようとしても、

本当の意図が相手に伝わらない可能性が
あるものです。

それって伝え手側からすると
不本意ではないでしょうか?

意図したことと逆に捉えられると
今後の関係に障害となることさえあります。

そんなリスクを抱えるよりも
率直に言葉を交えて会話をし、

考えを共有しておくほうが
お互いにとってメリットがあるのです。

でも、人には、特に日本人には、

「言葉で伝えなくてもわかって欲しい」

という考えや、

「空気を読んで察するべきだ」

という価値観が根付いているように
思います。

もちろんこうした

「機微」

は、日本人特有の

「おもてなし」

を発揮するためには
とても有効なものです。

でも、それにはまず

ベースとして言語による
コミュニケーションによる相互理解があって、

その上に成り立つのが
非言語によるコミュニケーションだと
思うのです。

なぜなら非言語によるコミュニケーションのほうが
難易度が高いからです。

何においても最初から難易度が高いことから
始めることはありません。

まずは簡単なことから始めて
徐々にレベルアップしていくものです。

でも、これも私個人の考えです。

すべての人が同じように考えているわけでは
ありません。

だからコミュニケーションは難しい(笑)

でもだからこそ
日々学び、日々改善するのだと思うのです。

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